画竜点睛

 昨日、出国に必要な航空券の手配を完了した。航空券の検索は進化し過ぎたAIの技術のためか無駄の多いフライトばかりを提示してくる。5、6年前まではこのようなことはなかった。

 空きの航空券を売りたい気持ちはわかるが、これではCO2削減も人の時間もガソリンも、とにかく無駄に増える事になる。今回は長旅になりそうだ。

 2週間前に家を引き払う事を突然決めた私は自分を自分で追い込んだ。引っ越し先は国内でないがために、たくさんの大好きに囲まれて生活していた私はこれから物の処分を強いられる。

 次の住むところの手配や仕事も見つけ、航空券も整った今の私が直面しているのは《片をつける》ということ。心は素直である。引越しへのプレッシャーを感じているのか、夢の中の私は過去に残した荷物をロッカーに引き取りに行っていた。

 前の引越しで捨てきれなかったものを預けていた。ここへはそれ以来、時の経過とともに記憶は追いやられていた。たくさんのロッカーがひしめく中、窓際に並ぶロッカーの方へ足が自然と向かう。どのロッカーに荷物を預けたのか分からない自分がいた。

 鍵がかかったロッカーもあれば、まだ鍵がささって使われていないものもある。リュックのポケットからは鍵が二つ。ひとつは先が少し曲がってしまっていたが、もうひとつは新しく作られた鍵のようで新品だった。ざっと上下2段、横に10列程並ぶロッカーに狙いを定めた私は鍵をひとつずつ刺して確かめていく事にした。

 上段右から2番目のロッカーが開いた。しかし中を確かめると何も入っていない。空っぽのロッカーに「そんなわけはない、絶対あるはず」とぼやく。預けたという記憶は確かなようだ。

 夢は不思議で現実ならロッカーひとつに対して鍵がひとつなのだから、鍵で開いたロッカー以外を開けるには他の鍵が必要になる。そんな事もわかっていないといけないのに、夢の中ではそんな『常識』もない世界のようで、私は次の鍵穴に鍵を差し込んでいた。

 夢の世界では『常識』すら覆す。同じ鍵で私はその後も3つのロッカーを開けながら、すぐ後ろにいたモリちゃんに「この鍵さ、一つで何個もロッカーが開くって事は、他の誰かが持っている鍵も私のように開くのかもしれないって事だよね?」と話している。

 そうだとすると、『他の誰かが私の荷物を持っていってしまっているかもしれない…』と思いながら上段左角のロッカーに鍵をさす。「カチャ」と鍵が動く音がなるも、その嬉しさより中には何も無いかもしれないという不安の方が大きかった。

 中には黒いファスナーがついた分厚目のビジネス鞄の上にタッパーがちょこんと1つのっている。そのタッパーの上には一枚の紙切れがあった。それは荷物をまとめた当時の私が今日この時のために書かれたメモであった。

 そこにはその荷物をまとめる際に急遽頼み事の仕事が入ってしまい、てんてこ舞いだった私の様子が記されていた。そしてこのタッパーには温泉の素が入っていて、ストレスまみれの私をその魔法の粉を入れたお風呂が助けたのだと書いてあった。

 一つのことが終わり、別のことを始める時には見えない事に対しての不安が募る。知らないうちに考えを巡らすことが増えたり、やらないといけないことも増えてくるのが実情。だから荷物を引き取りに戻ってこの手紙を読む私も『息詰まりを感じているのかもしれないから』という自分への心遣いがそこには残されていた。メモの続きには、カバンの中に何が詰められているのかが一目で分かりように詳しく記載されていた。

 そんな過去の自分の仕事に感謝した。そして思った、「今の自分も未来の自分に感謝されるような生き方をしよう」と。きっとそう生きられたら「未来の私は悔いる事もせずに今日の私のように快く生きられる」そう思ったからだ。

 そして私はロッカーから取り出したカバンを開ける前に夢から覚めた。『過去の自分に感謝できる自分であろう』今日の夢からのメッセージを胸に今日の私は何が出来るのか?と布団の中で考える。

 

君に対してもそんな存在でありたい。

 

 嫉妬、喜び、寂しさ… 相反する気持ちがこの3ヶ月の間に君の中で折り合ってくれたのなら、今になって君が気づけることがあるのかもしれない… そう願いながら。

 決して無駄な空白時間とお互いの3ヶ月がならぬよう未来に《メモ》を私なりに散りばめた日々だった。君との『関わりを辞めた時間』の中でお互いが得たものはどんな事だったのだろう?自分の心の弱さに気付けるように、過去の自分に『感謝』できるように…

 どんな意識を持って今日を生きるのかも私たちが決めている。今日はうまく気持ちに整理がつかなくても、もしかしたら明日は違うのかもしれないと思える自分がいたら、『何も変わらない』と思っている自分から変われる。それには自身と向き合う時間が必要だ。

「自分には幸せが約束されている」と信じて一歩を踏み出すのか、「どうせダメなんです」と諦めて過ごすのか、全て自分が選んでいる。自分でしか選べない。どの意識を持って今を生きるかで生き様が変わる。『人に期待しない生き方』に慣れた私も自分にありがとうと言える生き方ならできる。出来るところからでいい。自分が満足できる生き方を求めて。

 明日の私が生きやすいように、今日の私ができる事を布団の中で考える。ガスや電気、携帯… 解約の予約ができるものの手配をしよう。住民票をどうするかも役所に聞きに行けるはず。あまり着ていない服もまとめることができるはず。『出来ることから今日を始めよう』とリストアップを頭の中で並べていると、「そう言えば…」と声が出た。

 携帯を見てみると、昨夜寝落ち動画で選んだ画面がリプレイマークを見せて止まっていた。

今日のこの方も私の寝落ちに貢献してくれたよう。再生ボタンを押して携帯を伏せてラジオのようにして聞いているだけですんなり眠りについてしまえる動画はある意味貴重だ。

 せっかくぐっすり寝て今は頭もスッキリしているのだから、少し長いけどこれを聞いてからベッドを出て1日を始めるのも悪くない。今日は《県民の日》で「おやすみなだしな」と、リプレイボタンを押す。開始5分もしないうちに記憶がないことに驚く。この話し手の方の母音が『e』で終わる言葉の響きが眠りを誘っているように感じた。

 

明日の自分が今の自分に感謝してくれますように