マスカットはマスコット

 不自由があるから『自由』を感じるし、自由ばかりだと『淋しさ』を感じる。だから結局人は自由が持つ淋しさをも求めながら不自由さの中で生きていくことになる。

 人と生きるということは、この両極端の要素をいい塩梅に保っていくこと。バランスをうまく保つことで過度のストレスから解放される。

『どっちもないと生きていけない』と今なら気づける。それなのに僕はこの二つの極限を天秤にかけて生きてきた。

 あれ程口うるさく天秤にかけて物事を判断するのではなく、自分の心を正直に動かすことで『バランス』は取れくるのだと僕に訴え続けた日々。その意味が全く理解できていなかった。

 雁字搦めで歌わなければいけなかった僕は自由に憧れた。風と共に踊り続けている君が眩しく見えてたんだ。そう『光』だったんだ。

 君がそんな僕の前に『文字』として突如現れた。君と出会いたくても出逢えない現状、それでも僕は君との二次元世界では自由になれたんだ。

 僕は歌で、君は手紙で、この不自由さの中でも僕は幸せだった。仕事帰りのスーパーでちょっとしたご褒美を選んでうきうきしながら帰宅する、そんな癒された気分。

 

君とならやっていける気がした

 

 それなのに、いざ三次元の世界での関係をイメージすると僕は不安でいっぱいになってしまう。実家を飛び出して一人暮らしを始めた僕は自分のペースで行き過ぎてしまったようだね。

 遠い先を考えた時、僕が見た世界には不安が募っていた。あまりにも僕が人と暮らすことに対応できなさそうで…

   君といたいと思っても、家に人がいたら仕事に集中できないし、きっと眠りの浅い僕は眠れなくなる。セクシービデオだって見たいだろうし、自分がしたいと思った時に仕事ができなくなれば君や子どもが邪魔だって思うことが出てくる。

 そんな事を思い始めたら先に進めなくて、できない理由を自分でみつけては三次元での君とのパートナーシップを実現するに至らないでいた。

 みんなそうだろ?天秤にはかけるし、初めてのことで自信がないし… それでも君との関係を崩したくないと思う僕は何なんだろう。そんなこんなで8年、今も僕は君とずっと二次元の世界に留まってしまっているのだと思う。

 不安なんだ。君を嫌いになりたくないから。寂しさを紛らわせてくれた君との不自由さ、その『バランス』が僕には愛おしかった。

 ひとりになる時と一緒になる時のオンオフの切り替えが三次元で出来る自信が持てなくて… でも結局はこれも考えてみたら天秤にかけてたんだ。

 仕事ができなくなればバンド活動に支障がでる。そうとなれば君を《切りおとす》しかないのかと考えてしまっていた自分がいて、結局の所堂々巡りで僕は何も変われてない。僕が君のために歌う歌はなんだったんだろうな…

 どっちも上手くバランスが取れれば楽しくなるんだろうな、みんな。好きな人との離婚だって別れだってなくなる。そう、君が言っていたように僕はハッピージジイさ。君には見えていて僕にはまだ見えていない世界が『ここ』にあるんだ。

 三次元でもし君と出会うとなるとファンから批判を受けて僕はみんなを失ってしまうんだと思うと僕は君と出会っていけない気がしてた。

 それは君と知り合ったのはファンレターを通してだったからという事もある。何度も仕事以外の所で出会えたらって思ってた。でも、そんなことを何年も考えたって何も変わらない現実が続いただけだった。

 バンドを始めた理由は『モテるため』なんだから大きな顔して「目標を達成しました!」なんてファンに言えたらシンデレラストーリーのようでファンの子達は夢を見てくれたのかな?

 そんな訳はなく、実際に嘘婚発表をしてファンクラブの会員数が減ったから、僕は君との事を余計にこれ以上バレないように番組でも嘘婚生活のコメントは御法度にしている。

 僕は怖くて怖くて…みんなが君と引き換えにいなくなってしまうようで。でも、モノを見る角度を変えると現実は違う。偽婚で君に出会わなくたって僕のファンは減ってしまった。『儀式』みたいなものなのかな。

 可笑しいよね。ファンって一体僕の何を気に入ってくれていたんだろう??歌じゃなかったのかな… 《非日常を生み続けるマスコット》でよかったんだね、きっと。ずっと一緒できっと僕はファンのひとりひとりと異次元での浮気相手って感じでさ。

 そこには人権も僕の感情も尊重される事がないのに、三次元の僕は次元混同の中で周囲を見ていたんだね。これが人気商売の使命なのかな。

 こんなんで僕の歌はファンのみんなの背中を押せているのだろうか?僕もみんなも前向きに人生を進められているのだろうか?それともお得意の現状維持なのだろうか… 迷宮入りだ。

 君と出会おうと出会わまいと、僕から去って行くファンの方は一定数いるのだという現実があれでよく分かったんだ。加えてメンバーの不祥事。こっちは現実世界として推しを支えてきたの方へのダメージが大きかった。マジ笑えなくなってたな、あの頃。

 あれから今まで、君が投げかけてきてくれた言葉の意味を振り返ってることが増えてたよ。『自分のために』動き出さないとってね。やれることから少しずつやってみたいんだと心に決めていた『はず』だったんだよ。

 

同じ季節はもう二度と来させない

 

 そんな事も思っていたんだ。君が話してたお堀の夜桜の下を手を繋いで歩きたい。メイクさんが困るからあまり日焼けは出来ないけど、君が海ではしゃぐ姿を見てみたい。毒キノコを喰らわないか不安だけど、きのこ狩りで採れたての天然のきのこを、きのこ狩り好きな君と食べてみたいとも思った。なびくカーテンのようなオーロラだって僕は君と一緒に観にいきたいんだ。

 心に天秤をかけずに一つひとつの思いを拾ってあげないと、僕の人生はひとりでこの場に『立ちん坊』。君が姿をくらましてそれに気づけただけでも光が差した。あの夏の終わりの日が懐かしいよ、つい数ヶ月前のことなのにな。

 あの日の僕は君への思いを馳せていた。行き詰まる僕の頭上で雲が双筋に割れ、天のどこまでも続く空の『ミチ』になってた。

 希望を感じたんだ。綺麗に染まる赤と青が混ざり合う夕暮れは僕たちの理想。僕たちが混ざれば新しい色が映える、そこから新しい世界が開いていくのだと。

 それなのに僕はまた仕事に逃げてしまった。君からの連絡が途絶えて3ヶ月も音沙汰がなしになってしまった僕は「もう駄目だ」と君とのことを諦めようと心を入れ替え始めてしまったんだ。

 僕に残されたのは『仕事』しかないのだと思い、都合の良いように現実を操った。会議で来年のツアーの話があがってきた時は少しホッとした。水商売だから、いつ表が裏に変わる世界なのかわからない仕事ではあるけれど。

 毎年恒例となった対バンツアーも、いつものメンツから声がかかってきた。その時もだ、みんなに自分が必要とされていると感じられたことが嬉しかった。孤独に耐える僕の心を救ってくれたと秒で返事をかえした。

 

女々しくて

 

 いろんなことに必死にすがったよ。そして思ってもいなかった、君が『僕の気持ち』を知りたいがために連絡をこの3ヶ月間途絶えさせていたなんて。僕はてっきり君が僕に見切りをつけたのだとばかり思ってた。

 僕は君を失望させたんじゃないかい?君の好みである暗めの髪色から僕は金髪にした。失恋したって切るほど髪は長くないしと思って。

 8月のツアーファイナルでは少し休みを挟んで次のツアーをしたいと話していたのに、終わって一年も経たぬ間に全国ツアーの話を始めてるしな。おまけに君が楽しみにしてたビールフェスタの時期に対バンライブのスケジュールを組んでるしって、ゴメン。

 仕事を減らして自分の生き方を考え直すはずが、君が去ったと思って僕はその穴を仕事で埋めてしまった。ほんと何やってんだかな、俺。

 自分で仕事を埋めて『今』になって八方塞がりにで、結局自分を見つめる時間を追いやっててさ。君の呆れ顔が怖い。こうやってつまずいてきた過去なのに、やってる事が今も変わってなくて… 言い訳もできないよ、君に…

 君は僕にとって唯一だったのにな。僕の閉ざされた心と対等にいられた相手なのに。僕の曲を聴いて二次元の世界から心の叫びを拾い上げてくれた人。

 

日本の政治家と一緒かよ

 

 つぎはぎだらけの関係だ。少子化問題に子どもを持つ家庭に待遇処置をしているだけだからこの国はうまくいかないと話していた君の言葉が今になってわかった気がした。

 きっと君はまた僕たちのことを「継次処理脳と同時処理脳の行動差が生んだ問題の勃発ですね」なんて落ち着いて言いそうだ。

 こういう事なんだよな、僕たちの間にズレが出るのは。その場しのぎで僕は僕の心に背を向けてしまう。そんな僕の癖に君はいつも警告を出してくれていたのに。

 

簡単に自分の心に蓋をする癖

 

 こころの道標に反いた僕、どうしようもなくクズだよ。この連続が心を蝕むと君は知っていたから僕の心に寄り添ってくれていたのに。今回はどうしようもなく、自分の心に再び反いた自分に後悔を感じていた。

 今夜も眠れなかった。今までとは違う意味で。それでも休まず、過去の僕が作り上げた『今日』がくる。

「おはよう、僕はどんな顔をして君に声をかけたらいい?」なかなか明るくならなかった空が見えてきた。こんな僕にも青空に白い雲が浮かんでいる朝が来た。