久しぶり、元気?

「楽しく生きちゃダメなのかなぁ…」あの手紙の言葉の主が僕の腕の中にいる。どんな不都合な現実がこういう言葉を言わせてしまっているんだろうとあの瞬間思ったんだ。

 

良いに決まってるだろ

 

 たった一度だけ受け取った君からの手紙、ありきたりの言葉なのに頭の片隅から離れなかった。もう、あれから5年が過ぎようとしているのに君はいまいちあの言葉から抜けきれていないようだった。

 ファンからの手紙は減って来たとはいえそこそこある。スキャンダル前だったあの頃はバンドの全盛期が山場を超えたはずなのに、それでもすんなり読み切れる量ではなかった。

 大抵のファンレターは僕たちのバンド活動を好意的に捉えてくれているものばかりだったからか落ち込んだ時の支えになっていた。

 それなのにふと手にした手紙は『オレ宛』のはずなのに、読んでいて違和感しかなかった。たった一枚の紙に印刷された横線を無視して書かれた自由な文字、そして一枚の写真が添えられていた。

 写真の裏側には「バックカントリースキーには興味がありますか? 2019年 エジプトレイクシェルター Banff National Park 」と写真に写っている場所がどこなのか書かれていた。

 古びれた小屋の室内には角張った机、その反対には大きめのウッドストーブと沢山積まれた薪、そして中央には大きな窓が一つあり、そこからは写真でもわかる程の眩しい光が注がれていた。

 季節は冬。もしかしたらその光は外の雪の色なのかもしれない。家庭では使わないサイズのステンレスボールの中には山盛りの雪とキャンプで使うようなホウロウのカップがのっかていた。

 それをみた時に「面白そうだな」と思った。恐らく水がないから雪を薪ストーブで溶かして作るのであろう。

 蛇口をひねれば水が出る毎日。それがない空間、世界にはまだたくさんそんな環境であふれているのであろうし、恐らくそれこそが日常であった過去。

 おかしな感覚だよな、わざわざ自分から非日常となった過酷な過去のスタイルに憧れてしまうなんて。そんなことを思った自分は君がどんな人なのか興味がわいた。

 それなのに手紙の内容はバンドのまとめ役の翔丸の『精神安定保険証』であった。それも手作りの。奴がヤバそうなら連絡をくれという要件しか書かれていないものだった。

 とにかく頭がイカれた翔丸ファンからの狂った手紙だと思うしかなく時が過ぎたのに、その手紙の彼女を横から手の内に抱えるように腕を回し、俺はしっぽりと天井を見ている。

『おかえり』と声をかけたきり。彼女は荷物を床に無造作に手放しながら歩き、床に座るオレの元に崩れるように着地したのだった。心地よい壁だと思っているかのようだった。身を預けるとはこういうこと。

「どうだった?」と尋ねた返答に「良かったよ」と答えられたことに正直ムカついた。近所のばあさんと俺がするの通りすがりの挨拶じゃねぇっつの。

「俺はそんなことが聞きたいんじゃねぇ」とボソッと言った後に、少し言葉がキツかった余韻を訂正するかのように「いつも周りにポジティブなんだから俺はお前のネガティヴな部分を聞きたいんだよ」と言葉を付け足した。

 

「疲れた」

 

 その一言をちゃんと言ってくれて嬉しかった。「なっ、いつものお前をみてんだ。良かった訳がないのに適当に言葉を摘まないで欲しいんだ。俺にはさ」と頭をポンポンとすると、縮こまっていた彼女の腕が俺を抱くように伸びた。

「ごめんね、もう少しこのままでいい?」という彼女をもう一度ギュッと抱いてやった。言葉は多くなくていい。話したいことがあれば人は話すようになる。その代わり、話を聴く側がちゃんと『待ってる』という状況をちょくちょく作ってあげないと聴き逃す事になるけどな。

 

どうせ死ぬんだ、楽しく生きろよ。


 イキった男は大抵「いつでも話聞くよ」と言うだけ。気にかけて聞き出そうとはしない。言いそびれたモヤモヤは事態を一転。そうなってしまってから「いつでも話聞くって言ったじゃん」と相手を責める。そして「言わない方が悪い」と段階を経て自分を肯定化させる。

 

『ゲスの極みだな』

 

 彼の心の声が聞こえた。夢だった。全部夢だった。とにかく自分が見た夢なのに変な夢だった。夢の中の私は映画のワンシーンを観ているようで私は翔丸とではなくバンドメンバーの稀矢見くんと一緒だった。

 目が覚めるといつものように必死に思い出さなくてもはっきりVTRは再生された。映像の主人公は稀矢見くん、夢の中のだと言っても君は嫉妬してしまうのだろうか。目覚めた時の私には後ろめたさもなく、すごくスッキリした気持ちでした。

『言えない状況』は人の心を真空にしてしまいそうになるから。私も息苦しく思っていたんじゃないかな。きっとそれは翔丸も一緒だよね。だから君は作品に言えない思いを詰め込んでいたんだなぁと。

 きっと私が「大丈夫?」と聞いていたら、「大丈夫じゃないから書いてみたんだ」と答えるんじゃないかな。だって何も出来なさ過ぎて潰れちゃうから、せめてその《今》を残そうと… 

 私の潜在意識を夢の中で稀矢見くんは救い上げてくれたんだと思う。君のように私は物書きじゃないので。きっと私は沢山の『夢』に支えられているのかもね。

 作品にして残してくれてありがとう。そして奈落の底に落ちないでいてくれてありがとう。たとえ共に『今』を分かち合えなくても、いつかは分かち合える。切なく悲しさに溢れた声でも『今』を聴いてくれる人たちが君にはいる。

『♪ 水平線が光る朝に〜』あなたと歩みたい『夢』を見ていました。どうやらサビの続きは《あなたの愛を確かめたくて》と平行線をたどる私たちに何かを投げかけたいようでした。