お家へ帰ろう。

「では貴方様とお相手様の真実を見させていきますね。キーカードをまずは引かせていただきます」と言って画面の向こうでカードをシャッフルする手を眺める。

 後輩の頼朝くんがラインに送ってくれたリストの中で、唯一男性だった方に僕はDMを送っていた。正直、異性に見てもらうのに少し抵抗があった。

 自分が配信するのには慣れているはずなのに、なんとも不思議だ。画面の向こうに発信者… 彼女もこういう気分だったのかな。画面ひとつで繋がっている世界。いつも僕は彼女からしたら画面の向こうの人…

「豊かさのカードが出てきてて、次にお金がないというカードが出てきました。最後に可能性のカードが出てます。あらゆる扉がオープンしております」と話しているのを聞いてドキッとする。

「お相手様との関係性の中で、何か自己開示というものが進んでいくように思われます。今、見えている状況はこうなのだけれど、実はこうなんだというように、お相手様か貴方様のどちらかによってふたりの道が開かれていくといった感じです」と。

 オンラインといっても僕が見ているのはカードが並べられた机と手。どんな人かも見えない相手に話しかけてみる。「その開示から可能性の扉がドンドン開かれていくと言われましたが、具体的に《開示》とは… どういう事なんですかねぇ…」と自分には縁遠い魔法の言葉に困惑しながら。

 相手も僕の顔は見えていない。配信者の唯一のリクエストでその時に飲んでいるもの、そのコップやボトルなどを写しておいて欲しいということだった。

 相手は僕の白湯が入った水筒を眺めながら「自分の心の内とか弱点とか不安なこととか、そう言ったものをオープンにしていくことで、お二人の可能性もドンドンどんどん広がっていくと言った感じで出てきているんですね」と話している。

 今更どこからどうやって…と頭は一気にフル回転を始めた。そして反比例するように落ち着いた手は白湯のボトルを開けていた。相手はもう少し詳しく見ていきたいとのことで違うカードデッキを選んでいるようである。

 どこからか柔らかな虹色が渦を巻いたカードデッキが出てきて「少し相性を見させていただきます」とシャッフルする音が聞こえてきた。

 すると、切り損ねたのか一枚のカードが飛び出してテーブルに上に落ちた。それを裏返し、「おふたりの相性を見た時にAce of Wands というカードが正位置で出ています」とカードの意味を話し始める。

「このカードはですね、やる気、モチベーションの高まり、エネルギーに溢れた状態というのを意味しています」と画面の向こうの主の声は浮つくこともなく、いたって淡々と話している。

 そして「つまりはですね、幸先が良いスタートがきれて、2人が合わさることで、とてつもないエネルギーが生まれるということなんです」と。確かに振り返ると、僕が彼女を織り込んで曲ができ、舞台で歌うこともできている。彼女に会う前の自分を思うと《エネルギー源》と言われ腑に落ちた。

 うっかり相槌をし忘れている僕に「たとえば相性が悪ければ、お互いのエネルギーを半減させあってしまいます。その場合は二人が1つになっているのに一人分の力にしかならないと言った感じです」と『具体的』に説明をつけてくれた。

 ここまでわかりやすく説明してくれている相手に「では逆に、二人が上手く手を取り合えない状況が続くとどうなりますか?」と現状の僕の難題をぶつけてみる。

 すると即座に「エネルギーの枯渇によって足の引っ張り合いが起き、エネルギーの後退が起こる仲と言えるかと思います。本来なら手を取ることで倍だろが、3倍4倍、それ以上に盛り上がっていくというお二人なので相性は良いと言ってもいいかと思います」と答えてくれた。

 彼の話し方には迷いがなく、鮮明で明瞭。聴いていると自分の気持ちがその気になってきていた。そんな彼の口から『ただ』という言葉が漏れた。

『ただ』なんだよ…と悪いことを言われるのを感じながら耳を傾ける。「ただですね… 相性の良さを恋愛に引き出していくには条件があります、こちらのカードです」と指を刺されたカードを見る。

 目を向けた先は、光り輝く美しい世界がすぐそこにあるのにその景色に背を向けながらスカイダイビングをしている男の姿が描かれていた。自分の意図せぬうちに飛行機から放り出されてしまったのか、降りては見たが先が見えずに焦っているのか… というような状況が描かれたカードだった。

「『恐怖心に打ち勝っていかないといけない』というカードが出ています。《Beyond Fear 》です。過去に辛い経験とかお有りですか?」と尋ねられた。

「まぁ…」とそのまま黙ってしまう僕。すると相手は空気を読んでくれたのか、「その事に囚われて恋愛に対する偏見や抵抗感が強くなっているのかもしれませんね。その恐れを乗り越えることが二人の恋を発展させるKYEになると言えるでしょう」とアドバイスをしてくれた。

 心の中では動揺が止まない。『僕の恐怖心が二人の仲を止めている… 』分かっていただけに確信を突かれると辛い。たかが紙切れ一枚のタロットなのに、何故そこまで暴くのか。何も口には出せず少し間が空いてしまう。

 すると、「飛び込むまでが怖いんですよね」と声をかけてくれた。「え??」と共感されたことに驚く。「昔、女の子たちを連れて川に遊びに行ったことがあったんですよ」と話が続いた。

「そこに8メーターくらいの高さの堤防があってそこに登って飛び込んでみんな遊んでいたんです」

「はぁ、8メーターですか?」

「想像しにくいですよね。飛ぶには少し恐怖が湧いてくるくらいに高さです。男3人で登ったんですけど、飛び込めたのは2人でもう一人はリスクを背負わないって感じで飛び込まず僕らが飛ぶのを茶化しながら見ていましたよ。」

「きっとそんなことをしなくても女の子を落とせる自信もあったんですかね、若いっすね」

「若いっすよ。内面なんかより、見た目だとか面白いとか表面的な所で自分の価値が瞬時に付いてきますからね。お持ち帰りできるかも、恋に発展するかも一瞬にかかってるということもあって気が気じゃないですよ」と自分のことを話す時の相手はとても気さくで話しやすかった。

 タロットの人ってこんなことも話してくれるんだ?と内心思っていると、「何の話でしたっけね。あぁ、飛び込みの話だ。初めての挑戦に思い切るまではやっぱり怖かったです」

「躊躇しますよね」

「はい。頭を空っぽにして走り出したら踏み切るしかなくて、そうしたら後は自然に川へ落ちていくだけで、足掻くこともなく水面で背中を打ちましたけど」

 画面の向こうで少し浮いた声で話している。僕は「こんなことを占いの最中に失礼かどうかわからないのですが、飛び込んだ後の行方が気になってしまいますね」と余計なことを聞いてしまっている。

「飛び込んだ甲斐はあったかってことですか?」

「はい…」

「背中から落ちて肺が潰れるかと思うほどに衝撃でした。想像がつくかと思いますが、背中は真っ赤でしたよ。みんな笑ってくれました。いま思うと、飛び込んだということで相手が僕を好きになったというより、僕自身が前のめりになれたんだと思います。気持ち的に。何でも飛び込むまでがキツいですよね」と後半はお互いに気が緩んできたのか和んだ空気になっていた。

 裏切られることが怖くて深い関係に踏み込めない僕。恋愛に関しては仕事のためと妥協と諦めばかりの日々だった。

 以前の恋愛からのトラウマは引きずりまくりで、気づくと嫉妬深く、拘束ばかりしてしまいそうな僕になっていた。

 一度出会ってしまったら、直ぐに呆られて嫌われてしまうに違いないと頭の中の僕が言い聞かせていたのは間違いない。

 長年、過去を払拭できていない僕は自分がヒーローでいられるこの世界でクールな顔をして歌っている時だけが自分を肯定できた。

「これを続けるか??これからも??今以上に僕がハマれる女子は出てこないかもしれないぞ。いいのか?このままで…」と気持ちだけが高揚してきている。

 一歩も動けずにヨボヨボになる覚悟が僕にはなくて、だからと言って新しい扉を開くための決断をすることで何か変わってしまうのではないかという恐れで心の中はいっぱいで、僕を留まらせる。

「変わる、確実に変わる。変わって良いんだよ、失敗したってそこからまた変わるんだからさ」と自分に言い聞かせる。

「考えてみろよ、一歩も僕が動かなくたって周りの環境はガラリと変わっってしまうことがあるだろう?」

 振り返ると彼女との関係も仕事上の僕の立ち位置も僕がその場に留まっていても変化した。当てが外れた『今』は何もしなくたって起こるものだった。

 どうせ変わるのなら自分の意思を持って変わったのなら僕自身のモチベーションも違うのであろうか。勝手に変わり果てていった環境を持ち直すために生きたこの2年が僕の中で新しい気持ちを湧かせているのも事実のようだ。