見えない世界が見える人たち

 ツアーファイナルが終ったのもつかの間、ひと息ついたと思ったら夏フェスの到来である。フェスはツアーと違った気合いが入る。熱くて辛いラーメンを汗をかいてすすり込む感覚と似ている。

 

とにかく暑い

 

 猛暑が続く割に夕立ちが少ないためか、ビルの合間にこもる熱は冷めることなく伝わる。入り前に立ち寄って買ったソイラテもかさ増かつ薄味になっていた。

 着替えもヘアメイクもとりあえず待ってもらい楽屋で少し涼んでいると、後輩の『オーラ透視歌手』が挨拶をしに来てくれた。

 いつも淡々と話す彼がいつもより少し重い口調で「先輩、大丈夫ですか?僕に見えたものを全部番組内でお話ししても… 」と神妙な顔をして尋ねてくる。

 

気に入らない

 

 なんだってそんな真面目な顔をして聞いてくるんだろう。スッと背筋が冷える。汗が冷えてきたのだと自分が納得できる答えを出しながら内心は穏やかでない。

 何が見えているのであろうか… 不穏な空気が自分を取り巻いているのは事実。よくないことを言われるということは勘付かずにはいられない。けれどもなんと言えばいいのかわからず、「あぁ、大丈夫」とだけ答える。

 見える世界しか見えない自分には、見たくなくても見えてしまう人たちを不憫に思う節がある。けれども、人生を無駄に左右させている僕のような人間や成仏できなかった霊が見えてしまう人からすると逆なのかもしれない。

 僕からの返答に濁りがあったからなのか、心のつぶやきまで見えてしまうのかはわからないが、生放送中では僕の事を「心も身体もすごく重く疲れているようです」と話し、「その疲れた魂の周りを囲うように仕事の壁が頭の中を占めているようです」とありきたりなことを言って締めていた。

 収録後の控え室、ノックの音は見えない世界がわからない僕にも誰なのかわかった。どこまでも恐ろしく、先輩思いの後輩なのであろう。

 入って来たと思いきや挨拶を飛ばして話を切り出して来た。「先輩、見えないものを信じる傾向がないじゃないですか、別にその気持ちのままでいいんでタロット占いやってみませんか?」

 何故にタロット… 見えてしまったダークサイドを全部ぶちまけてくれた方が有難いかもしれないと思っていると、「こういうスピリチュアルな世界に片足突っ込んでいると、割りに類は友を呼ぶではないと思いたいのですが繋がりが出来てくるものでして」と尋ねてもいないのに話を続けてきた。

 正直返答に困りながら「なに重症なの、俺??」と言葉を返すと「僕の専門外なんですよ」と予想外な言葉が返ってくる。

 専門外って… 生き霊だとか怨霊に取り憑かれているのかと思っていたがそうでもないようだ。「専門外か… 疲れてるんなら整体師とかに見てもらった方が現実的じゃん?」と目線を落として携帯を探しながら忙しいふりをした。

 動揺を見抜かれないか心配な僕に「先輩、もうそれやってるじゃないですか?」とノックダウン。確かに整体には定期的に通っている。「でもさ、連絡先とか知られたくないし、店にも出向きたくないから」と面倒臭そうに言ってしまった。

 僕のことを思って話してくれているのに少し感じが悪いなぁと思った。「ごめんな。ほら、あんまり時間も取れないし、タロットができる知り合いも知らないしさ」と言い訳でつなぐ。

「僕が今お手伝い出来るのはこれくらいなんで」とDMでやり取りができてオンラインでセッションが受けられる人の連絡先がLINEに送られて来た。

 控え室のドアを開けながら、「僕の言葉に『引っ掛かったら』是非気持ちの向く方へ進んでみてください。こんなことぐらいしか出来なくてすいません…お疲れ様でした」と部屋を出て行った。

 信じてないのにやってもらう意味なんてあるんだろうか。どちらかというとそんな『占い』にお金や時間を費やしているのが勿体無いと思ってしまうタチ。そんな僕だとよく知っているピュークエンス頼朝があえて話を残していったことには見事に引っかかっていた。

 引っかかっているのにためらうのはなぜ??僕には今まで大切に秘密にしていることがある。誰にも邪魔されない、そして壊されない世界。僕の中だけで完結していた世界。僕の見えないはずの心の声を君は聴こえていたりするのだろうか…