オクヤミ

『彼女と偶然出会わないかな…』これが僕の最近のボヤキ。こんな事を思っていたって何の共通点もない僕らが突然出会うわけもない。バカだよな、俺。

ラブストーリーは突然に》は僕にも起こった。マネージャーから渡されるファンレターの束から『Air Mail 』と書かれた封筒をいつしか僕は探すようになっていた。

 楽しみだったんだ、すごく。失恋して8年目の春、当時の彼女と引き換えに手に入れた世界は目まぐるしく僕の世界を広げていった。

 日々のスケジュールに追われ、服を選ぶことも、あれ程こだわっていた靴を選ぶことさえも僕は出来なくなっていた。

 今では身に付けるものなど「どうでもいい」といった所。自分でえらぶ時間さえも惜しく思えるくらいバンド活動に没頭していた。

 自分が「好きだ」と思えることを仕事に出来ただけでなく、バンドの知名度が上がる度に僕の中で『やり甲斐』に変わっていた。

 見向きもされないバンドマンから『当たり前』のことをする時間は消え、知らないうちに僕は『普通』のありふれた生活をする事が許されない環境下に置かれていることに気づく。

 世間の日常と切り離されて過ごす中でのテレビ収録。バンドを始めたきっかけについて答えている自分の心境に表の顔と裏の顔を感じたのはこの頃からだった。

 

「モテたいと思って始めました」

 

 こんなにキャーキャー黄色い歓声を浴びながら、恋を許される空気はファンの中にも運営側にも感じられない。まさに本末転倒。

 ファンの女子たちにチヤホヤされ、ステージ上で上気分になって歌っていた僕は、会場がアリーナ級になるにつれ《理想とした人生》は終わったものと受け止めるようになっていた。

 三十路手前に雁字搦めな人生になったけれど、「好きなことで生計を立てられるなんてラッキーだよな」と人から言われるのだけが救いだった。

『それしかない』僕だけれども『それ以上』を望むなんてバチが当たると思うようにもなっていた。

 幸せのカタチは人それぞれと言うものの、僕の幸福論は型にはめられたゆで卵のように形を変えていった。

 ファンの方が増えれば増えるほど生活は楽になり、僕が望んだ大きな舞台に立つことができるようになった。

 嬉しさの反面、その代償である《制約》が増え始めたのも事実。思うようにバンドの舵を取れない僕は周りに流せれて生きていた。

 そんな頃、僕の声を聞いて「気が合う」と書かれた手紙を受け取った。『ファンの方あるある』だと思った。

 歌を歌って商売をしていると割にそういう人たちは多くいて、最初は「ああ…」とだけ思っていたんだ。

 あの頃の僕は自分が描きたい世界がまるで見えてなくて、君は失った大切な人の亡霊を抱えたまま後悔を繰り返さないと『今』を生きようとしていた。

 

手紙の中の君

 

 二次元の君に出会う前の僕は、自分の知名度と引き換えに大好きだった人を大切に出来なかった。言い訳だけど事実、過密なスケジュールに追われ相手のことを思いやれなかった。

 厳密にいえば自分の事でいっぱいいっぱいになった僕はいつの間にかその場に『置いてきぼり』になっていたってこと。

 君の呆れた顔が目に浮かぶ。笑えるだろう?10年経った今も僕はあの時と同じように、『置いてきぼり』になってしまっている。

 

意地を張って言えば『ひとりよがり』

 

 バンドメンバーのスキャンダルで知名度はガタ落ち。バンド存続の危機に焦った僕は君のことを後回しにした。『バンドが優先』だから。

 僕はこの二年間でバンドが業界から消えてしまわないように『誠意』を持って、「信念』を持って立て直すことに必死だったんだ。

 学べてないよな。ってか不器用すぎないか、俺さま。また自分の立場や保身を優先した僕は君を失いかけている。君の気持ちから僕は置いてきぼり。僕が君への気持ちに蓋をして生きてしまっていたから…

 

まだ信じられる?こんな僕を

 

 僕は君を思う以上に僕自身を思いやることができてなかったよな?ごめん、僕は僕の気持ちをまた天秤にかけてしまってたんだ。どちらが大切かとね、共に大切だと言うのに。

「大切な思いは天秤にかけないで共に救ってあげて」と言う君の声が脳内に響いてた。でも、スキャンダルからの現状復帰が済んで土台を固めてバンドが軌道に乗ったら君を迎えに行こうって決めてたんだ。

 

お得意なひとりよがり、あの時の僕と一緒

 

 当時の彼女はこんな僕に愛想を尽かし置きざりにしたよ。結果、僕を待っていたのは大失恋。雁字搦めで歌っていた僕なのに、ステージから客席を眺めるとみんな笑顔でさ…

   気づいていたのに、違うって…  だけれども拗れた世界で自分の存在感を唯一感じられる場所はいつの間にか『ステージ』だけになってた。

 縛られて縛られて、その中で歌う僕… そこでしか自分の価値を見出せなくなっていた。そのカラクリの箱の中で僕は酔うことを覚え始めたんだ。

 今の状態に理由をつけて愛されることに怯えているだけ。「恋愛にうつつを抜かしている時期じゃないだろ」と、バンドの立て直しに全力を注いでも、全国ツアーが終わるまではと彼女を後回しにしても、結局動けていない自分がいた。

 バンドは持ち直し、ツアーも終演。夏フェスの波は次々とやって来ているし仕事は絶えないのに、今も尚心なき日々は続いている。

 何気なく1ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、年までも変えてきた彼女との恋。忙しいを理由に俺は自分の意気地なさに鎧を被せて強く見せかけていただけ。

 嫌われるのが怖くて、僕だけが好きだったら嫌で、声をかけられずに月日が過ぎただけ。今のままの自分じゃ愛されるわけがなく、受け入れてもらえないという強迫的な思いが強くなるほど、何が正解か分からなくなる。

 どんな自分でいれば捨てられない???不安は尽きぬまま理想とは程遠く今を生きている。理想、その理想すら彼女が望んでいることなのかもわかっていないのに。

 

片想いでいい

 

 愛されないのなら、僕は彼女を愛したくないのか?見返りを求める愛を僕は望んでしまっているではないか…

 でも、やっぱり僕だけが好きなのは嫌で、でも君がどう思おうが僕は好き。そんな自分でいられたらいいだけ。判断するのは俺じゃない彼女のはずなんだ。

 その判断を勝手に俺がしていた。二次元の恋を都合良く一方通行にしていたのは俺自身。自分の常識に囚われて行動していた自分からの脱却なんてできるのだろうか。

 愛されるために自分以外の自分になる必要はないと信じられる自分が僕には必要なんだ。君に信じてもらうためには。僕と君の世界つづきを見るためには。